戦争|戦争の体験談を語るわ

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戦争

それから93年の10月くらいまで、一年半くらいボシュニャチの民兵の人と行動を共にしたんだ。
俺はさ、彼らと過ごして1ヶ月ほど経った頃に、俺も戦わせてと頼んだんだ。
何でもするって。死んでもいいって。だから俺も戦わせてって頼んだんだ。

>>1よ
楽になるために書くならまだしも辛い思いをして書くこたねえと俺は思うぞ

>>139
辛くても書かなきゃいけないから書いてるんだ。
これは俺の為でもあるんだ。

勇気を出すって。勇気を出して戦う。もう逃げないって。だからお願いって。
でも、彼らはそれを許してくれなかった。中学生くらいの子どもにも銃を持たせているのに、
何で俺は駄目なのかってしつこく聞いたんだよ。スルプスカの兵士が許せないって。
そしたら、名前は書けないけど、民兵の一人が俺に言うんだ。


戦いに勇気なんて必要ない。
生きる事にこそ勇気が必要なんだ。
君は戦う以外にも出来る事があるだろう。
君だから出来る事があるだろう。
俺達は戦争が終わるまで生きていられないだろう。
君は、ここで何が起きたかを伝えなさい。
同じ事が起きないように。
辛くても生き抜いて、そして胸を張って
友人に天国で会えるようにしなさいって。

彼らと過ごした間、俺は色んなものを目にした。
俺の中で、この時スルツキの人々や軍、警察、民兵は絶対的な悪のような
存在になっていたんだ。そして、ボシュニャチは被害者だと。
だけど、違ったんだよ。民兵の人たちはさ、スルツキの集落を襲って、
食料を奪ったり、スルツキの大人や子どもを殺害したり、
女性をレイプしたりしていたんだ。

俺はわからなくなっちゃったんだ。何が正しくて、何が間違っているのかとか。
何が悪で、何が正義なのか。あんなに被害を受けて、その苦しみを知っているはずの
人たちが、同じ事を、相手の民族に、人々にするんだ。

俺は、何でそんなことをするの?やめようよって何度も言った。
それはやっちゃいけないことだよって。

そういうと、決まって民兵の人は悲しそうな顔をしてさ、
そんなのはわかっているんだって。でもこうしないと、自分達の仲間が同じ目に合うって。
矛盾に気づいているのに、それをしなければいけない状況だったんだ。
ボシュニャチもスルツキも。
俺はこの時、まだ彼らの紛争の歴史も何も知らなかった。
前にも書いたと思うけれど、スルツキの人々も同じように、歴史上で何度もこういった
虐殺の被害に合ってるんだ。どちらも被害を受ける苦しみや怒り、恨みをしっているのに、
それでも尚、お互いにそうしなければ、やられる状況になっていたんだ。

恨みや禍根は残されたまま、次の世代へと引き継がれて、また同じ悲劇を繰り返している。
それがこの時の紛争だったんだ。

前に、国は3つの勢力に別れたって書いたよね。
ボシュニャチ、フルヴァツキ、スルツキの3勢力に。

ボシュニャチとフルヴァツキは最初は味方同士のような感じだったけれど、
連携は取れていなくてさ、国内で、つまりヘルツェグ=ボスナでは
フルヴァツキの軍や人々によって、ボシュニャチやスルツキの人々が虐殺された。
一つの民族が、一方的に虐殺するのではなく、お互いに民族浄化の応報を
繰り広げていたんだ。

レイプする必要あんのかよ

>>148 レイプは単に性的欲求を満たす為の行為じゃないんだ。
敵対する、憎む民族の女性をレイプする、それは自分達の民族が、
敵対する民族に勝利する、やっつけるといった優越感を示す行為でもあったんだ。
だから、女性は標的になったんだ。

9月に入ると、フルヴァツキとスルツキの二つの勢力が同盟を結んでさ、
ボシュニャチは二つの民族から挟まれる状況になったんだ。
その理由は、フルヴァツキの人々も、自分たちによる、自分達の国が、
このボスニア・ヘルツェゴビナの領内で欲しかったんだ。そして、
最初は共に戦ってもヘルツェグ=ボスナ内でスルツキの人々が
一掃されて、領地の争いが減ったんだ。フルヴァツキからすれば、
次はボシュニャチだったんだ。

10月の中旬ぐらいだった。
ボシュニャチの勢力は、スルツキ・フルバツキの二つの勢力に挟まれ、絶望的な状況になっていた。
俺はそういった経緯は、日本に帰ってきてから知ることになったけど、この時、自分達が
かなり追い詰められているというのは何となく認識していた。

俺とソニアが一緒に過ごしていた民兵達の部隊も、人数がどんどん減っていって、
人手が不足していた。この日も、殆どの人が離れた街に行ってしまって、
拠点としていた洞窟には十数人しか残っていなかったんだ。

もう秋になって、辺りが暗くなる時間も早くなってきていた。
拠点に残っている大人はさ、殆どが負傷した人だったんだ。
だから、俺は暗くなる前にさ、水を汲んでくる必要があった。
この時、ソニアも一緒につれて行けば良かったんだよ・・・。
だけど、誰かが負傷した人を見てなきゃいけなくて、
俺が水を汲んできて、その間ソニアが負傷した人を看ているって
するしかなかったんだ。

水を汲む場所までは、山を下らなきゃいけなくて、子どもの足で往復4時間くらいかかるんだ。
水を汲んで洞窟の近くまで来た時には、もう辺りは暗くなっていた。
ソニアはちゃんと看てるのかなって心配しながら、水汲んできたよって洞窟の中に入ったんだ。

だけどさ、洞窟の中に明かりが点いてないんだ。もう外は暗くて、洞窟の中も真っ暗なのに、
明かりが点いてないんだよ。最初はおかしいなって思ったんだ。だけど、ソニア疲れて
寝ちゃったのかって。ちゃんと看病しなきゃ駄目じゃないかって。
ソニアちゃんと看ててって言ったでしょって言いながら、スイッチを押したんだ。

だけど、明かりが点かないんだ。何回押しても点かないんだ。俺さ、民兵の人たちと
過ごしている間、前のように本当に危険な目に合う事が殆どなかったんだ。
ソニアを守るって、だからどんな時でも俺はソニアから離れちゃ駄目だし、
どんな時でも警戒して、気をつけてなきゃいけないんだ。
でも、馬鹿な俺はその大切なことも忘れて平和ぼけしてさ、それを怠ったんだ。
信じたくなかった。ただ電球が切れただけだと思いたかった。

確かめるのが怖かった。誤解であってくれって、神様どうか誤解であってくださいって
祈ったんだ。だけど、洞窟の奥に進んでいくに連れて、真っ暗で何も見えなくても、
嗅いだ覚えのある臭いがするんだ。錯覚だって。これは錯覚だって。気のせいだって。
でも、うめき声とかも微かに聞こえてきて、何かが焼ける臭いもしてきてさ、
気づいたら両手に抱えていた水の入れ物を落としていた。

ソニアの名前を何度も呼んだんだ。ソニアソニアどこにいるのって。隠れないで出てきてよって。
だけどソニア全然出てこないし返事しないんだ。

酷い話だけどさ、横で兵士の人がうぅって苦しそうに声を出していたんだ。
だけど、俺はそれどころじゃなかったんだ。必死に地面に這いつくばって、ソニアが
居ないか手探りで探したんだ。何人か、冷たくなった大人の死体とかに触れたけど、
それに驚いたり気遣ってたりする余裕なんてなかったんだ。

どれくらい探してたのかわからない。もう時間の感覚とかもよくわからなくなっていた。
気づいたら、洞窟の奥まで来ててさ。壁に手を付きながら探していたら、小さな体に触れたんだ。
すぐにわかった。夜になると、いつも一緒にくっ付きながら寝てたんだ。すぐにソニアだってわかった。

頭が真っ白になって両手でソニアに触れたんだ。でも、ソニアの体は温かかったんだ。

息もしていて、ソニアは生きていたんだ。良かった。何が起きたかわからないけど、ソニアは生きてる。
良かったって。ソニア大丈夫?って声をかけたら、小さい声でうん。って言ったんだ。

離れてごめんねって。ソニアを追いて水汲みにいってごめんって言いながら、ソニアを抱き寄せたんだ。

そしたら、手に生暖かい液体がついてさ、最初は何かわからなかった。でも臭いを嗅いだら、
血ってすぐにわかったんだ。慌ててソニア怪我してるの?ソニア大丈夫なの!?って聞いたんだ。
ソニアはまた小さな声で、うん。って言ったんだ。俺は急いで傷の手当しなくちゃって思って、
洞窟の中は暗くてよく見えないから、ソニアを背負って外に出ることにしたんだ。

ソニアの体がいつもより軽く感じて、そしてソニアの体から垂れる血のピチャ、ピチャ、って音が、
洞窟の中で響いていたんだ。不安になった。だけど、ソニアは返事をしているし、ちょっとした怪我なんだって、
ちょっとした怪我だって、悪いことを考えないように必死に自分に言い聞かせたんだ。

洞窟の外に出た時は、もう外も真っ暗で、月が綺麗に輝いていたんだ。
俺はソニアを草の上に下ろしたんだ。最初は見間違いかと思った。
だけど、何回目をこすってもさ、ソニアのお腹から血が一杯出てるんだ。

頭の中で理解できないような色んな感情とかが渦巻いてきたんだ。だけど、
血を止めなきゃって。俺は上着を全部脱いで、ソニアの上着を捲ってさ、
血を止めようとしたんだ。そしたら、ソニアのお腹に大きな穴が何個も空いてて、
そこから沢山の血が流れてたんだ。俺ってば、分厚いコート着ててさ、背負ってるのに、
こんなに血が出てるのに気づかなくて・・・

シャツでソニアのお腹を抑えたんだけど、全然血が止まらなくて、どうしようどうしよう、
誰か来てよって泣きながらソニア大丈夫だよ大丈夫だよって何度も叫んだんだ。

でも血が止まらないんだ。そしたら、ソニアが血を口から垂らしながら、
うん。だいじょうぶ。って言ってさ。 しゃべっちゃ駄目って言ってるのに、
小さな声で喋り続けるんだよ。月が綺麗だねって。どうして祐希泣いてるのって。

ソニアを心配させちゃ駄目だって思って、泣いてないよ。だから喋らないでって言ったんだ。
だけどソニアはそれでも話すのをやめなくて、声を出すたびに血が溢れてくるんだ。
混乱してて、慌てて、怖くて、正確には覚えてないんだ。だけど、ソニアは昔の話をしだしてさ。

特別な日覚えてる?って。俺すぐには思い出せなくて、何?って言ったんだ。そしたら、

祐希にお友達になってくれたお礼をした日って言うんだ。
俺は覚えてるよ。忘れるわけないじゃんって泣きながら答えたんだ。
そしたら、ソニアはちょっと笑いながら良かったって言って、
あの時も綺麗な月だったねって。

俺はうまく言葉が出せなくて、うん、うん、って相槌しか打てなかったんだ。
それでもソニアは喋り続けて、
ずっと一緒にいれなくてごめんねって言うんだ。

ソニアはわかっていたんだ。自分が大怪我して、もう助からないってわかってたんだ。
もう俺は何て言葉を返したらいいかわからなかった

ソニアは、もうお腹押さえなくていいって、その代わり手を握ってって言うんだ。
もうソニアは手に力が入らないみたいで、俺の手を握り返せないんだ。

手を握ってさ、目の前にいるのに、ソニアが言うんだ。
祐希、ちゃんと手にぎってる?そこにいる?って。

俺はちゃんと握ってるよ。隣にいるよって答えたんだ。

そしたら、そっか。良かったって言ってさ、ごめんね、ありがとうって小さな声で言った後、
何も喋らなくなったんだ。

息はまだしてたんだ。もし医者がいれば、医者じゃなくても大人が居ればソニアは助かるかもしれないんだ。
でも、俺は何も出来ないんだよ。大切な子がソニア以外いなくなったり死んじゃったりして、
もうソニアしかいないのに。たった一人の大切な人なのに何も出来ないんだよ。

ソニアの息が少しずつ弱くなって、体が冷たくなっているのに、横でただ泣きながら見ているしか
出来ないんだよ。

俺は目の前で起きた現実を受け入れることが出来なかった。
やらなければいけない事は沢山あったんだ。
洞窟の中にはまだ生きている民兵の人がいたんだ。

でも俺はソニアの傍から離れる事が出来なかった。

この日まで、沢山の人に助けられて生き延びてきた。
沢山の人の、仲間の友達の犠牲の上で、生きてきたんだ。
なのに、何もお返しも出来ずに、逃げてばかりで、
まだ生きている民兵の人だけでも助けなきゃいけないのに、
その人たちに助けられて、今まで面倒をみてきてもらっていたのに、
頭で理解してても何も行動できないんだ。

気づいたら朝になっていて、洞窟の中でまだ息のあった人たちも、皆亡くなっていた。
もう心が耐えられなかった。情けない自分が、同じ過ちを何度も繰り返す自分が許せなかった。

それから数日間、ソニアや民兵と一緒に過ごしていたんだ。
でも、外に出ていた民兵の人は誰も帰ってこなくて、
もう全てが終わった事に気づいた。本当はとっくに気づいていたけど、
もう現実を受け入れるほど俺の心は強くなかったんだ。

それから、少しして、俺は皆の遺体を埋めることにしたんだ。
スコップとかがないから、木の棒でひたすら彫り続けて、
全員の遺体を埋めるには数日かかった。

俺ムスリムじゃないからさ、お墓に何をすればいいかわからなかったんだ。
だから、棒を立てて、咲いていた花を移して植えるぐらいしかできなかった。

ボシュニャチの民兵の人に、辛くても生き抜けって言われたけど、
もうそんな気力もなかった。もう全てを失って、希望だとか光も何もないんだ。
その場で死のうと思って、銃を探したんだけど、銃が全部なくなってるんだ。

少量もとっくに尽き果てていて、飲まず食わずでいた俺は、
もう疲れて眠くなっちゃってさ、そのままソニアを埋めた場所の前で
寝たんだ。

目を覚ましたら、夢の中みたいで、どこかの家のベットに寝てたんだ。
おかしいな、これは夢なのかなってそれとも今までのが夢なのかなって思ってたんだ。
そしたら部屋の中に中年ぐらいの女の人が入ってきてさ、
何か俺にいいながら、水とか食べ物をくれたんだ。

それから少しして、これが夢じゃないってわかってさ。
俺は山で倒れていた所を、スルツキの民兵に保護されて、
そこから結構離れた民兵の暮らす集落に連れて来られていたんだ。

もう死にたいって思ってた俺はさ、スルツキの民兵がソニア達を撃ったんだろって、
絶対に許さないって暴れたんだ。

でも、この家の奥さんや、民兵の旦那さんは悲しそうな顔しながら、自分たちはしていないって言ってさ、
俺が暴れてるのに抱きしめてくるんだ。

俺は嘘つきめ、嘘つきめって叫びながら暴れたんだけど、離してくれなくてさ、
寝るって言って部屋に篭ったんだ。

それから何日も、部屋にもって来てくれたご飯とかも食べないで、
ずっと篭っていてさ、そうだ、ここから逃げればいいんだって思ったんだ。
それで夜になるのを待って、窓から外に飛び出して、辺りを見渡したら、
十何キロ先かわからないけど、前いた山っぽいのが見えたんだ。

俺はソニア達の所に戻らなきゃって、あそこに戻らなきゃって思って、山に向かったんだ。
途中で、道がわからなくなったりして、何とか洞窟についた時には3日以上経っていたと思う。

その後、2日くらいまた洞窟で一人過ごしていたんだ。
そしたらさ、集落の民兵の人が来たんだ。
気づいた時にはもう洞窟の入り口の所まで来ていて、逃げ場はなかった。

ああ、俺も撃たれるんだな、良かったってほっとしたんだ。
だけど、彼らは俺を撃たないんだ。撃たないどころか、一人で何してるって怒るんだよ。
意味がわからないんだよ。お前らスルツキは子どもでも女の人でも殺して、
子どもに乱暴だってするだろって。俺の事も同じようにしろって泣きながら叫んだんだ。

だけど、彼らはただ無言のまま俺を担いでさ、洞窟から連れ出そうとするんだよ。
嫌だ嫌だって言っても離してくれなくて、バックがバックがだから離しせって
言っても離してくれなくてさ。バックはどれだって言うから、答えたら、
俺が預かるとかいってさ、俺の事を下ろさないまま山を下ったんだ。
疲れていたのもあって、俺は途中で寝ちゃってさ、起きたらもう集落のすぐ近くまで来てたんだ。

その後、また同じ家に連れて行かれて、家に入ったら、あの二人が怒りながら俺の事をビンタしたんだ。
それから俺の事、この前よりも強く抱きしめてきて、また暴れようとしたんだけど、力が強くて
暴れられなかった。

それから知ったことなんだけど、この集落の人たちは元々民兵じゃなかったんだ。
ボシュニャチの民兵に襲われて、村の女の人や男の人、子どもも何人か殺されたり連れ去られたりして、
それで武装してたんだ。俺を世話してくれた夫婦にはさ、俺よりちょっと年上ぐらいの子どもがいたんだ。
だけど、彼は襲われた時にボシュニャチの民兵の人に殺されてしまっていてさ…。
その時、漠然と皆が苦しんでるっていう感じだったものがさ、スルツキの人も苦しんでいるんだ、被害にあってるんだ、
皆が辛いんだって確信に変わったんだ。

多分だけど、俺がお世話になっていたボシュニャチの民兵の人達なんだ。
この集落を襲ったのはさ。そして同じような事を他の集落でもやっていたんだ。

中には、本当に悪い奴もいて、虐殺や暴行、レイプをしている人間もいるんだ。
それは否定しようがない事実なんだ。そしてスルツキが今回の紛争で大勢のボシュニャチの
人々を殺してたり、暴行したり、レイプしたのも事実なんだ。だけど、彼らもまた、同じような被害にあってるんだ。

自分達を守る為に、家族を守る為に、お互いにお互いを殺しあってるんだ。
望んでいるのは、形は異なっていても、同じ 平和に暮らす ってことなのにさ。

でも、昔に起きた虐殺や戦争の禍根が未だに残っていて、それがお互いの理解とか
そういうのを邪魔するんだ。積もりに積もったものが、阻むんだ。

今までの歴史が、彼らに人を殺させるんだ。やらなきゃ、やられるって思わせるんだ。

それから俺は、彼らと1年ちょっと生活した。
スルツキの人を憎む気持ちは薄れることはないんだ。
だけど、彼らにも彼らの事情があって、それを俺は否定出来ないんだよ。
否定する事が出来ないんだ。少なくとも、全員が望んで人を殺しているわけじゃないんだ。
罪悪感とかそういうのと戦いながら、それでも殺さなきゃいけないって、
それで相手を殺している人たちもいたんだ。

彼らと暮らして半年ぐらい経った頃だったと思う。
アメリカを始めとするNATOが、スルツキの勢力下の地域に爆撃を始めたって聞いた。
後で知ったけどさ、もっと前から国連として活動はしていたんだけど、
遅すぎるんだよ。もう何もかもが遅すぎるんだ。

そして彼らと暮らして大体1年2ヶ月ほど経って、1994年の12月になったんだ。
1月から停戦になるから、祐希はサラエヴォへ行って、そこから国に帰りなさいって
言われたんだ。

でも、俺はもう嫌だった。というより、これから先、全てを背負って生きていく自信がなかったんだ。

集落を出発する朝、俺を世話してくれた夫婦とか、民兵の人が集まってくれたんだ。
だけど、俺はもう無理だって、もう死にたいって思ってさ、頼んだんだ。
頼むから俺を殺してって。痛くても我慢するから、殺してって。大切な友達達も
皆いなくなってしまったのに、生きていても辛いって言ったんだよ。

そしたら、周りの兵士たちもお世話をしてくれた二人も
悲しそうな、少し困ったような顔したんだ。そしてお互いに見つめあいながら、
何かを早口でいってさ、俺を取り囲んだんだ。


俺はソニア達に、もうすぐそっちに行くよって、心の中で呟いたんだ。

やっと終われるって思ったんだ。

だけどさ、彼らは俺に何かをするわけでもなく、
歌を歌いだしたんだ。

何が起きたかわからなかった。違う国の言葉だし、
意味もわからなかったんだ。

意味を知ったのは、日本に帰って数年してからっだ。

今、youtubeのを貼るけれど、クリックして聞くのは、
日本語訳を書くまで待って欲しいんだ。
歌を聴きながら、日本語訳を目で追ってくれれば、
俺が伝えたいこと、彼らが俺に伝えたかったことが
わかってもらえるかもしれないから。


歌詞はね、


I see trees of green, red roses too
I see them bloom, for me and you
And I think to myself, what a wonderful world

I see skies of blue, and clouds of white
The bright blessed day, the dark sacred night
And I think to myself, what a wonderful world

The colors of the rainbow, so pretty in the sky
Are also on the faces, of people going by
I see friends shaking hands, sayin' "how do you do?"
They're really sayin' "I love you"

I hear babies cryin', I watch them grow
They'll learn much more, than I'll ever know
And I think to myself, what a wonderful world

Yes I think to myself, what a wonderful world
Woo yeah

日本語訳です。音楽を聴きながら、読んでみて下さい


青々とした木々、そして真っ赤に咲くバラが見える
僕と君のために、咲き誇っているよ
僕は自分に語りかけるんだ、「なんて素晴らしい世界なんだろう」って。

青い空、そして真っ白な雲が見えるよ
光り輝く日が訪れ、夜がやってくる
僕は自分に語りかけるんだ、「なんて素晴らしい世界なんだろう」って。

美しい虹が、大空に架かっている
道を行き交うみんなの顔も輝かせているよ
人々は「元気かい?」と手を振りながら握手をしているよ
皆心の中で「愛しているよ」と言っているんだ

赤ちゃんの鳴き声を聞き、その成長を見守るんだ
この子たちは皆、僕が知らない世界も目にしていくんだろう
そして僕は思うんだ、「なんて素晴らしい世界だろう」って。


そう、僕は思うんだ。「なんて素晴らしい世界だろう」って。

この歌はさ、今の戦争の世界が素晴らしいって言ってるんじゃないんだ。
きっと、世界は素晴らしくなるんだ。そう皆が願い、思えば、
素晴らしい世界になるんだって意味なんだ。愛でね。

皆、好きで殺してるわけじゃないんだ。そうしないと自分達の仲間が
子どもが殺されてしまうからなんだ。そして、相手も同じなんだ。

それをお互いにわかっているんだよ。わかっているのに、止められないんだ。
泣きながら歌ってるんだ。ボシュニャチやフルヴァツキを殺した民兵たちが
泣きながらさ。
彼らは好きで殺してるわけじゃないんだ。そしてそれが許されない行為だと
知っているんだ。知っていながら、どうすることも出来ないんだ。お互いにね・・・。

この時、英語が理解できていれば、彼らに何か言えたかも知れない。
でも、当時の俺には何の歌かわからなかったんだ。悲しい歌なのかと思った。
平和を願う歌とは知らなかったんだ。

その後、俺はサラエヴォまで連れて行かれてさ、解放される時に手紙を貰ったんだ。
その手紙の内容は、ちょっと長いから要約するけど、



人生は不公平だ。一生平穏に暮らす者もいれば、一生紛争や貧困に喘ぐ者もいる。
だけど、人生には、神様が皆にチャンスをくれるんだ。学校やお父さん、お母さん、
大人や友人、彼らは何度でも君にチャンスを与えるんだ。それを活かすかどうかは、
君次第なんだよ。

小さな贈りものになるけれど、私は君に生きるチャンスを与えよう。
強く優しく、そして誠実に人生を全うしなさい。そして、
素晴らしい世界を作りなさい。子どもが笑いながら育つ世界を。
君達子どもに託そう。素晴らしい世界を。


こんな感じの内容なんだ。

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